音MADの歴史の備忘録として、制作ソフトの変遷(音声編集)について書き残しておきます。できるだけ情報の精度を高めたいと思いますので、相違点や他の視点からの見方などについてご意見をいただけると幸いです。

また、私が主としてニコニコで活動していた期間の話になるので、ここ数年の動きについては把握できていないです。このあたりも補足していただけると幸いです。

音MAD制作ソフト(音声編集)の変遷まとめ

まず簡単に音MAD音声の制作ソフトの変遷を書いておきます。

音声編集ソフトの変遷

  1. 初期~2008年中頃まで Audacity、RadioLineとピッチ変更ソフトの組み合わせ
  2. 2008年末頃~ 音MAD制作ソフトとしてREAPERが音MAD作者に広く普及
  3. 2009年中頃~ 使用ソフトはREAPERのままVSTなどの技術術を導入することが多くなる
  4. 以降はそれほど大きな進歩はなかったと思います。REAPERのバージョンを0.999から最新版にアップデートされる方が多くなった印象はあります

次からはそれぞれの詳細を記述していきます。

音MADの音声編集ソフトの変遷

初期~2008年まで

この時代は音MADをつくる人も少なく、使用ソフトについてもみんながバラバラでつくっていました。ちょっとこのあたりのソフトについては、私もわからないものが多いです。そのなかでも主流だったと思われるのが、AudacityとRadioLineです。

また、音合わせ中心の部分にピストンコラージュを導入するということもあったり、素材の切り出しにSoundEngineを使ったりと、用途的には現在でも使われているソフトなどもこの時代から使われていました。

また、WavePadやMixPad、TrakAxPCなどのフリーソフトやACID、Sound Forge、FL Studioなどのシェアウェアを使って音MADをつくられていた作者もいました。

Audacity(殴打)

やや操作に癖がありましたが、このソフトだけでピッチ変更などのエフェクトもかけることができたために、使用者もそれなりにいました。通称は殴打です。

後述するRadioLineと比べるとできることが多かったため、殴打を使ってつくられたMADのなかにはEvan様やHON ZONEなどの名作もあります。ただし、最終的にはこの後に普及したREAPERに移行した作者さんが多かったです。

RadioLine

Audacityよりも操作感がよい印象がありましたが、当時はwavしか扱えない。音声を配置するだけで素材の速度変更やピッチ変更はできないなどの弱点もありました。そのためRadioLineだけではなく、聞々ハヤえもんやAudacityでピッチ変更した素材を配置することで対策していました。

BPMなどの設定もできなかったため、素材曲にMAD素材を配置する作業も曲の波形をみながら合わせる。もしくは、自分の耳で何度も聞きながら合わせるというとても大変なものでした。

このRadioLineについては、ニコニコの初期につくられた動画制作講座動画で音MADのつくりかたを紹介していたこともあり、初期の音声編集ソフトとしては最大勢力だったと思います。

また、RadioLineを使っていた作者はこの後にREAPERが普及すると、すぐに乗り換える作者が多かったです。

ピストンコラージュ

ピストンコラージュは、素材を読み込んで、その素材を音色として演奏することができるという特徴的な機能を備えていました。これによってピッチ変更での音合わせがAudacityなどと比べてもやりやすかったので、音合わせ中心の部分で使う人も一定数いました。

その後のREAPERの時代になっても、音合わせの便利さが買われて根強く使用されることがあったり、音MAD作者にDTM挑戦ブームが来たときにまずはピストンコラージュで始める人がいたりしました。

SoundEngine

現在でも音声素材の切り出しに使われていることが多いソフトで、この時代から音声素材の切り出しの用途で使われていました。また、この時代にはSoundEngineで音MADをつくる人もいたようです。

2008年7月~9月頃 REAPERの普及

2008年中頃から現在でも音MADの音声制作の主流ソフトであるREAPERが音MAD作者に普及します。

REAPERはピッチ変更もたやすく、音合わせにも使いやすく、素材の速度変更も容易。音声の配置編集についてもこれまでの主流ソフトであるRadioLineよりも遙かに操作しやすい、BPMを合わせて楽に素材を配置できるなど、音MAD制作ということについては、頭一つ抜けているソフトです。

いまでも音MAD制作の音声編集はほとんどの音MAD作者がREAPERを使っています。ここでREAPERが普及した以後は、音MAD制作のソフトはREAPER一択になりました。

REAPERの普及はいつかということですが、音MAD晒しイベントの使用ソフトを見てみると、2008年7月に開催された第2回音MAD晒しイベントではREAPER使用の参加者は少数だったのに対して、2008年9月には多くの参加者がREAPERを使用していたため、2008年7月~9月頃にかけてREAPERが普及していったといえるでしょう。

なぜREAPERが普及したのか

これにはいくつか要因がありますが、まず前提として、2008年5月末から始まった音MAD晒しイベントで、使用ソフトを記述するというルールがあったということも一つの要因でしょう。この晒しイベントに有名な音MAD作者である自動販売機の中の人さんが使用ソフトでREAPERを書いており、そこから自販機さんの使用ソフトであるREAPERに興味を持つ方がいたのがREAPER普及の始まりだったと考えられます。

要因としていちばん大きいのは当時の音MADスレで2008年7月頃から9月頃にかけてREAPERの存在が徐々に大きくなっていったことだと思います。当時の音MADスレとその周辺を見てみると、2008年6月にエア本スレでREAPERが話題になり、2008年7月頃から音MADスレでREAPERが話題になる回数が徐々に増加して、2008年9月の第3回音MAD晒しイベントでは多くの音MAD作者がREAPERを使用していたということがあります。

さらに2008年8月8日にREAPERの講座動画がニコニコにアップロードされており、この講座動画も大きな要因であったことは想像に難くありません。

※音MAD晒しイベントは、お互いの制作環境を知るために当初は使用ソフトの報告が義務づけられていました(現在は制作環境の統一化のため、なくなりました)。

REAPERのバージョンについて

REAPERのバージョンは普及した当初は無料版の0.999を使っている作者がほとんどでした。その後、シェアウェアの新しいバージョンのREAPERを使う作者も増えていったと思います。

REAPER IS NOT FREE

その他の音声編集ソフトについて

DTMソフトでの音MAD制作

音MAD初期から現在までFL StudioやACIDなどのDTMソフトを使って、音MADを制作する層が一部にありました。これらのソフトは有料のため、広く普及することはありませんでしたが、DTMから音MAD界隈にやってきた人などが愛用していた印象があるほか、ACIDについては音MAD制作用に購入した人も一部にいました。ただし、ACIDを音MAD用に購入した人は最終的にREAPER使いだした方がほとんどな印象です。

Vegasでの音声編集

動画編集の制作ソフトについては、ここでは説明していませんが、Aviutlの普及前に音MAD作者に広く普及していたのがVegasです。

このVegasは音声編集機能も強かったため、Vegasだけで音声と動画をまとめて編集するという人もおりました。動画と音声をいっしょに編集できるのが強みだったと思います。そのため音と動画の同期がとても楽になるというメリットがありました。

そのようなこともあり、REAPERの普及後でも音声もVegasだけでつくっているという音MAD作者も一定数がいました。

2009年中頃~ 使用ソフトはREAPERのままVSTなどの技術を導入することが多くなる

先ほどもいったように使用ソフトはREAPERが以後ずっと主流です。しかし、技術面での向上はありました。それがVSTなどの導入です。

VSTはREAPERで使える音にかけるエフェクトのプラグインです。ディレイ(山彦効果)、リバーブ(残響効果)、イコライザー(特定音域の強調や減衰)などのエフェクトがあります。

さらにリミッターやマキシマイザー、コンプレッサーなどを使って音量を調整したり、音圧を上げたりということもできます。

REAPERを導入した当初は、REAPERの音量調整とピッチ変更、速度変更などの機能だけでつくっていた人が多かったですが、2009年の中頃からはVSTを使って、エフェクトをかけてより高度な音声編集をする作者が増えていきました。

VST普及の背景

VST普及の大きな原因となったのは、いまでは消えてしまっていますがエア本MADの銀河最強の俳優やCntuoneなどの影響が大きいと思われます。

  • 銀河最強の俳優は2009年02月15日投稿
  • Cntuoneは2009年03月26日投稿

これまでのREAPERだけではとても再現できないような完全に楽器化した音MAD素材(柴田の到達点)は大きなインパクトを与え、その頃はTwitterなどでの作者間の交流も進んでいたため、VSTが紹介され、音MAD作者はVSTを取り入れていきました。

私もこの頃にはUstreamやニコニコ生放送でVSTの導入の紹介生放送だったりをしていた記憶があります。このような生放送などによって、技術交換をしていたようなこともありました。

また、VSTiを使うことによって、素材を使って楽器のようにMIDIを鳴らすというようなことも可能となり、ピストンコラージュからVSTiに乗り換える作者もいたように思います。

WAVETONEによる音合わせをする際の音程解析

ピッチ変更をして音合わせするときには、どうしても素材曲の音程がわからないといけません。音感がある人なら自分の耳を頼りに音程合わせができるのですが、音感のない作者はそれができません。そんなときに頼りになるのがWAVETONEです。

曲の音程を視覚化して見ることができるようになるソフトで(ただし、うまくみるためには調整をしっかりするなど慣れが必要になる)、音程合わせの強い味方になりました。現在でも活躍する機会の多いソフトだと思います。

人力VOCALOIDに力を発揮するVocalShifterとMelodyne、そしてUTAU

音MAD素材を人力で切り貼りして曲を唱わせる手法のことを人力VOCALOID(暴歌ロイド)といいます。これに力を発揮したのがフリーソフトのVocalshifterです。Vocalshifterは、フォルマントを保って、声の質をあまり変えずに音程(ピッチ)を変更することが可能です。またMeloDyneは有料のソフトですが、さらにすごいです(使ったことがないのでわからない)。

また、無料のVSTでMeloDyneのようなことができるGsNapやKeroVeeなどを有効活用する作者も出てきました。

また、UTAUは歌声合成ソフトで素材の50音を登録することで、人力VOCALOIDをあるていど簡単につくることができるソフトです。UTAUを音MADに利用する作者もおりました。

VSTの導入後の音声編集環境

ここから後については、大きな技術的な変化があると思っておりますが、いかんせん私の知識不足の可能性が高いので、情報を提供いただけるとありがたいです。